JJ 3周年記念!第一弾 | ユベントス・ジャーナル

JJ 3周年記念!第一弾

2017年9月2日をもちまして、ユベントス・ジャーナルは3周年を迎えることができました。

つきましては、ユベントス・ジャーナル3周年記念企画として、編集部のユベンティーノ歴32年の山口 努さんと、プロビンチャまで視野を広げている津田 翔汰さん、そしてイタリア在住のJJイタリア局Norihito Miyagi(以下、宮城)さんに「ユベントスを知るキッカケ」「今季ブレイクすると思う選手」などをテーマにインタビューを行いました。

編集/Juventus Journal 代表@JJ

▼山口 努
編集部責任者。ユベンティーノ歴32年のJJ必須のご意見番。JJではコラムと試合レビューを中心に執筆し、JJ観戦会@東京の責任者も務める。

津田 翔汰
編集部。プロビンチャまで幅広く目をかけている新星の若手ライター。JJではニュースを中心に執筆し、編集のヘルプもこなしている。

Norihito Miyagi
JJイタリア局責任者。イタリア在住の敏腕ライター。JJでは速報性のあるニュースや、コラムを中心に執筆し、また現地の試合中の臨場感やサポーターの様子などをJJチャット観戦会にて共有している。


image@www.juventus.com

■ユベントスを知るキッカケは?

@JJ「近年のユベントスはセリエA6連覇、そしてUCLでも常連チームになり、優勝候補にも名乗りをあげるほどの活躍です。そんなユベントスを知るキッカケになったエピソードをお聞かせください」

津田「2012年のBS放送で欧州サッカーを観始めたことがキッカケですが、その頃に観たイタリアダービー(ユベントス対インテル)のスタジアムの雰囲気に圧倒されたことを覚えています。その翌年には、カルチョにハマり込み、2013年の夏にテベスが“10番”を背負い、入団したことでユベントスへの想いが過熱しました。2003年のTOYOTA CUPで当時ボカに所属していたテベスを見て感動していたので、“10番”での加入は大きな衝撃でした」

山口「その試合(2003年TOYOTA CUP)観に行きましたよ。昔ながらのアルゼンチン人だなぁ、と思って観ていました。技術というよりも“魂”ですね。僕は1985年にTOYOTA CUPでプラティニが来日した時ですかね。サッカーがどうの、ってよりユニフォームがカッコよかった。今でもそれは変わらないですね」

@JJ「1985年…。津田さんはまだ生まれていませんね(笑)。それほど、昔になると映像媒体が乏しい時代ですよね?どうやって観戦されていたんですか?」

山口「昔はTOYOTA CUP以外、民放でユベントスの試合を放送するなんて考えられなかった時代でしたので、近所のお金持ちの家にビデオテープを持って「ダビングしてください」って頼んでいました。再生専用のデッキもそこそこした時代でビデオテープもとても高い時代だったので、録画できるビデオデッキを持っているなんて家はそんなにありませんでした」

宮城「山口さんのユベンティーノ歴が飛び抜けてますね(笑)。僕は94-95、95-96シーズンのデルピエロを見てからですかね。2度目のCL制覇、TOYOTA CUPの試合が印象的で心に残ってます。どちらもテレビ観戦ですが、ずっとセリエAを追いかけてて、デルピエロがキッカケで、気づいたらユーベに肩入れするようになってた、みたいな感じです(笑)。デルピッポとかジダン、デシャンとかが活躍し始めてチームが手堅く勝負強いところにシビれましたね!」

@JJ「ひとつの黄金時代ですね!」

宮城「(ユベントス前監督の)コンテもいましたよ!その当時、まだ頭はフサフサでした(笑)」

@JJ「(笑)。監督してのコンテはユーべを復活させた闘将、といったイメージが強いと思いますが、選手時代はどのようでしたか?」

宮城「個人の見解ですが、ガットゥーゾの攻撃センスがあるタイプみたいな印象です。味方にも激しく檄を飛ばしていましたね。ピッチ上にいるのに当時から監督のような振る舞いでした(笑)」

山口「確かに少し巧いガットゥーゾ、そんな感じでしたね。モンテーロとかフェラーラとよく口喧嘩していました(笑)。でもキャプテンらしかったですよ」

宮城「コンテの話をしてたら、02-03シーズンのミランとの決勝を思い出しました。むちゃくちゃ悔しかったPKでの敗戦です…」

image@bleacherreport.com

@JJ「オールド・トラフォードで行われたUCL決勝。後半からコンテが出場して、ゴールポスト角に当たった惜しいヘディングシュートがありましたね。タラレバになってしまいますが、累積警告により出場できなかったネドベドがその舞台に立っていたら、結果は変わっていたと思いますか?」

宮城「ネドベドが出てたら勝っていましたね!その決勝、友達の家でミラニスタと観てましたが、シェフチェンコのPKが決まった瞬間に友達の家を出て登校しました(笑)」

山口「絶対に変わったと思います!当時、某テレビ局でCL決勝を放映し始めた時期で、ネドベドの出場時と不出場時で統計を出していましたが、前者の方が大きくパラメータが上昇していました。ペナルティエリア手前のシュートは大抵決めていたし、何よりブッフォンがシュート練習を嫌ったくらいですからね(笑)」

@JJ「ブッフォンといえば、ユベントスに加入した当時、GKとしては世界最高額の移籍で、ちょうどジダンとの入れ替わりでした。ジダンの売却額で、ブッフォン、テュラム、ネドベドをユベントスに連れてきたモッジには驚きでしたね。最高のトップ下を失った悲しさがあったと思いますが、この移籍は成功だったと思いますか?」

津田「ブッフォンとネドベドが現在のユベントスの根幹を支えていることを考慮すると、十分成功だったと思います」

山口「大成功だったと思います。やっぱりモッジは凄い!だいぶ歪んだGMだったと思いますが、僕は一番好きですね」

@JJ「皆さん、ありがとうございました。昔の話で盛り上がりましが、次は最近の話題に切り替えてみたいと思います」

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コメント

*コメントは全て承認制です。確認にお時間を頂くことも御座いますがご了承ください。
  • ユベントス・ジャーナル3周年おめでとうございます。
    1992年、ユべントス対日本代表チームの時にロベルト・バッジォを見て以来ずっとユべントスが大好きです。
    あの時のユーべも豪華なメンバーでしたね。
    これからも読みごたえがあり、ユベントス愛のこもった記事を期待しています。